ライフサイクル仮説とダイナスティ仮説

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人それぞれによって家計プランニングは違う

ライフサイクル仮説
個人において、生涯所得(いまある資産とこれから得られる所得)をベースに消費を行っていくという考え方。
つまり、所得の高い時期に消費を抑え貯蓄し、高齢期にそれを取り崩していくというもの。

投資をすすめる向きは、ライフサイクル仮説を前提に話してきます。
「将来、あなたの金融資産は枯渇しますよ!」
「〇歳で貯蓄がゼロになります!」
などと言って。
残念ながら、投資をすすめる向きの多くは、常に次の視点が欠けているように思います。

ダイナスティ仮説
子孫の繁栄のために貯蓄を行い、遺産をのこすという考え方。

前者は利己主義的、後者は利他主義的な考えとなります。
投資をすすめる向きは、多くの日本人がこの「ダイナスティモデルで家計行動を行っているのではないか」ということを考慮していません。

「日本において、アメリカのようにライフサイクル仮説が明確に成立しているとは言い難い」(日銀調査統計局、2000年8月)

つまり、
「将来、あなたの金融資産は枯渇しますよ!」
「〇歳で貯蓄がゼロになります!」
などと言ったことを声高に言っている人たちには、「あなた(人)」を見ずに「あなたのお金」だけを見て話をしている傾向があります。

私は以前、自分で分析して次のようなことを書きました。

①勤労者世帯の「貯蓄階級&種類別」構成比と高齢者世帯の「貯蓄階級&種類別」構成比はほぼ同じであると考えるべき

②そう仮定すると、勤労者世帯(いまの現役世代)は、結局いまの高齢者世帯(父母世代)と同じ貯蓄額水準に近づく(なる)だろうと考えるべき

③日本で金融資産3千万円以上を保有している人は少ない(20%以下)と考えるべき

④日本の家計データ全体で見る「預貯金・有価証券比率」の話は、富裕層(と超富裕層)が平均を押し上げていると考えるべき

⑤老後不安を煽って投資をすすめる業者は、様々なものの見方や本質をわかっていない机上論者だと考えるべき


現役世帯と高齢者世帯を比較してわかること。

①高齢者世帯と勤労者世帯の貯蓄のヒストグラム(グラフ)の形状は同じである

②高齢者と勤労者世帯の貯蓄額の差は生きてきた年数の差と考えることができる

③貯蓄できていない、していない世帯は一定割合あり、それは世帯の問題だと考えることができる


もしも、今の高齢者の金融資産状況を否定するのであれば、それは過去のシステムを否定することになります。
現時点で、超富裕層や富裕層世帯にいる人ではなく、所謂市井の人々に対して老後資金に3千万円、4千万円、5千万円、それ以上の自己資金が必要と言うのであれば、同時に

そもそも明らかに給料が少なすぎる

住宅などを購入する考え方はおかしい、または住宅が高すぎる

マイカー所有はおかしい、またはやめたほうがいい

とにかく消費することは悪である

非消費支出(税金・社保等)の割合が高すぎる

などといったことを声高に言わないといけないのではないでしょうか。
というのも、現在の60歳以上の日本人で

金融資産を3千万円以上

保有している先輩たちが「30%」もいないからです。(60歳以上の二人以上世帯データ:総務省「家計調査報告」)

お金との付き合い方は、誰にも何かしらの「思い」(考え)というものがあり、その「思い」に基づかれて、高齢期時点の金融資産残高に繋がっていくのだと思います。
金融資産がたくさんある方、あまりない方の違いはそういうところにでてくるでしょう。
どちらの貯蓄パターンも元々は「ライフサイクル型」の発想で行われていると思いますが、今現在の高齢者を見ていると、単純に余裕のない家計は前者型、余裕のある家計は後者型と自然となっているのではないかと思います。

ライフサイクル投資理論を金融業界が否定している

そう考えると、
今現在比較的家計に余裕のある高齢者(金融資産を数千万円単位で保有)に日本経済が活性化するほどの消費を期待するのは難しいのではないでしょうか。
一方で、比較的余裕のある高齢者は、”道楽的”に株式投資や債券投資を行っているというのが現状でしょう。
消費するよりも「投資という名の娯楽(ゲーム)」を楽しむということです。

日本の場合、リスク性資産への投資は60歳前後から増加していきます。
これらについては過去記事で検証しています。
「家計金融のリスク性資産割合と金融リテラシー①」
「家計金融のリスク性資産割合と金融リテラシー②」
「家計金融のリスク性資産割合と金融リテラシー③」

ということは、

若いうちはリスクをとって株式比率を高めに
年いったら債券比率を高めに

という話はあてはまりません。
上記の比率話は現実とは乖離していると言ってもいいでしょう。
少なくとも、高齢者にリスク性商品を積極的販売している金融業界はこの理論を自ら否定していると言わざるをえないでしょう。
と同時に、積立投資のリスク逓増型投資の話をみても本気で個人投資家に向き合っているとは言えないでしょう。

高齢期に行うリスク性資産への投資行動の意味合いは、けっこうエンターテイメント的な面が強いでしょう。
CMを見ても思います。
セルサイド側が開催する高級ホテル等でのセミナーイベントを見ても思います。

ただ、こういう側面はあるでしょう。
大会社(金融機関)の若い人たちにチヤホヤされたい。
社会と繋がっていたい。
ホテル等でのイベントに参加できる。(無料)
人間の金銭欲。

多くの人の実生活を見ていると、自然と「平均消費(貯蓄)」「限界消費(貯蓄)」を行っていると思います。
それらを普通に行っていけない一部の人たちの家計が大変になっている(いく)んです。
そこで重要になってくるのが、ライフプランニングです。
「いつ・どのようなことで・いくら」お金が必要になるのかを知るということです。
ライフプランニングこそが「金融リテラシー」に必要なことです。

「そんな先のことはわからないから意味はない。机上の空論だ」
という意見も否定しません。
ただ、企業も事業計画やキャッシュフロー・シミュレーション等を作成したりして、日々必死に経営を行っています。
それらをしながら、結果的に従業員(あなた)の生活を守っているんです。

私から言わせると、投資の話で「複利がどう」とか言っていることのほうが「意味なし」です。(・~・)

投資中毒になると本来の目的である消費行動が制約される?

そして、次のような仮説を立ててみます。
一般的に、”老後は貯蓄を取り崩して”ということが言われていますが、現在「長期投資だ」「複利効果だ」「貯蓄から投資へが正解だ」と言いながら、必死にリスク性資産で資産形成している勤労者世帯は、結局、老齢期に「消費」という行為をできなくなってしまうのではないかと思います。

そう、同じようなことになるのではないでしょうか。
「自分ではお金を使いたくない」
「自分の生きている間に金融資産(お金)を減らしたくない」
「投資することが道楽であり、趣味だ」
といった感じ。

なぜなら、投資というのは、ギャンブル依存症と同じで投資中毒になりやすいです。
「投資!投資!」と言っている人たちは、かなり「お金」に対して執着している部分が強い性格をお持ちだとも思います。
はじめは、「老後資金のために!」と資産形成という投資をはじめていきます(それは預貯金を保有している人たちも同じです)が、だんだんと残高が増加していくにつれ「投資をすること自体がエンターテイメント化」(中毒症状)していく可能性は否定できません。

昨今、個人のブログでそれを報告しているのなんて典型です。
それが拠り所となってしまい、やめることが悪、またはお金を使え(わ)なくなるという気持ちが芽生えてくるのではないでしょうか。
「使って失う」(=消費)ということを良しとしない感覚が生まれてしまうのではないでしょうか。
(「使ってしまうとブログに書けない」とかなんとかになって?)

金融業界で商売をしているのならわかります。
そうでないのなら、
金融業界で商売している人たちに乗せられて、マヒしないように気をつけましょう。
中毒症状がでない程度にしておくほうが良いでしょう。

人がするべきお金の使い方は、投資・貯蓄よりも消費です!!

 
日本が嵌まっている罠。
合成の誤謬。


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